音羽城

別名 日野城
     智甘城 
付近住所 滋賀県蒲生郡日野町音羽 現在- 
2009/10/12 碑・案内板アリ 日本城郭大系


蒲生氏  宝殿ヶ嶽を背後に控える天嶮の要害である。この音羽城は、中世日野谷の領主であった蒲生氏の本城であった。
 応仁の大乱(1467)直後の頃に築城され、近江守護職佐々木氏との関連で、明応、文亀の両度の合戦に大勝し城主蒲生貞秀の名を高めたが、貞秀の没後に起こった蒲生氏同族間の争いにより、八か月に及んだ悲惨な篭城戦の末に、大永7年(1527)の春、城主秀紀が攻め手の将である叔父高郷の軍門に降り、直ちに城郭は破却されて五十数年の城の歴史が閉ざされた。ちなみに戦国の英傑として名高い蒲生氏郷は、音羽城を落城させた、高郷の曾孫にあたる。
 城跡は、明治後期の公園整備や、昭和期の未墾地開拓等々で大きく人手が加えられたが、中世特有の山城としての遺構はよく残され、深井戸、抜穴跡等々に見るべき遺構も多く、郷土日野の特産物である日野菜の栽培が、この城中に於てが最初であった故事などを含めて、この城跡は日野が誇る偉大な歴史遺産である。